2013年5月14日火曜日

Dodo Marmarosa

1925年生。2002年没。ペンシルベニア州、ピッツバーグ出身。

幼い頃からクラシックのピアニストとしての才能を現す。一方で学友であったErroll Garnerとジャズの演奏を始めるようになる。"Dodo"というあだ名は子供の頃、体格の割に頭が大きかったことから付けられた。

1941年より、プロの演奏家として活動するようになる。15歳にしてJohnny "Scat" Davis の楽団に参加し、これをきっかけとしてその後Gene Krupaのバンドに参加する。
1940年代前半に賛助として参加したCharlie BarnetのビッグバンドでDizzy GillespieCharlie Parkerらと出会う。
1944年にTommy Dorseyの楽団に参加。Buddy Richと共演する。
同44年11月、Gramercy Fiveとして知られるArtie Shawのコンボバンドに参加。同バンドにはギタリストのBarney Kessel、トランペット奏者のRoy Eldridgeも在籍した。

1940年代後半にはLester Young、Charlie Parker、Howard McGheeGene Normanらの伴奏を務める。1947年、米エスクワイア誌のピアニスト部門で新人賞を獲得する。1946年にハリウッドで録音されたCharlie Parkerとの共演は現在でも高く評価されている。

1950年7月21日、Savoy Recordsに78回転盤でのシングルを録音する。ベースにThomas Mandrus、ドラムにJoe "Jazz" Wallaceを従えたトリオ編成で4曲を吹き込んだ。この録音は1980年に同レーベルによって再発されたThe Modern Jazz Piano Albumに聴くことができる。

1950年以降にはわずかに61年のArgo Recordsでの録音及び62年のGene Ammonsらとの共演(Prestige発売のJug & Dodoで視聴可)のみが残されている。
その後もピッツバーグにてパートタイムでの演奏を続けアマチュアとしてUptown Recordsから音源も発表するが精神疾患を患い、54年電気ショックによる治療を試みるも恢復には至らなかった。

1968年、ピッツバーグの「コロニー・レストラン」での演奏を最後に観客の前で演奏することはなかった。
晩年は彼が入院していた退役軍人管理局運営の総合医療センターにて、入院患者や来客のため時折ピアノやオルガンを演奏していた。




 

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